目次
- ドアップで撮れば、喜ばれると思っていた
- ドアップの「映り時間」という落とし穴
- 「すごい撮影」と「見やすい映像」
- 製品チェック中に気づいたこと
- 「見ちゃうのは自分の子」
- 引きを挟むと、映り時間が変わる
- 数字の話をしておくと

発表会の映像編集。カメラ3台分の素材をタイムラインに並べ、1つの作品にまとめていく。
この作業にたった1つの正解があるとは思っていない。現場の条件も、園の規模も、カメラマンのスタイルもそれぞれ違う。ただ、私はある時から編集のカット割りについて1つの考え方を持つようになった。今日はその話を書いてみたい。
数字も出てくるが、あくまで1人のカメラマンの経験談として読んでいただければ嬉しい。
ドアップで撮れば、喜ばれると思っていた
キャリアの初期、私は寄りカメラで子どもたちを1人ずつドアップにして撮影していた。
会場の最後方にカメラ3台。そのうち2台を「寄り」に使い、ステージ上の園児を順番にアップで追っていく。表情がはっきり映る。手の動き、口の形、目の輝き。大きく映った方が保護者は嬉しいだろう——当時の私は、そう信じていた。
ドアップの「映り時間」という落とし穴

ところが、ドアップには気づきにくい落とし穴があった。
ステージに6人の園児が立つ演目を、1人ずつドアップで追う。すると、1人あたりの映り時間は単純計算で6分の1——約16%。画面に自分の子どもが映っている時間は、全体のごくわずかになる。
表情は見える。でも、次から次へと別の子が映り、なかなか自分の子が出てこない。
保護者がそれをどう感じるか——当時の私はそこに思いが至っていなかった。
さらに実務面の問題もあった。5人目まで撮ったところで演目が終わってしまい、6人目が撮れない。
1日に複数現場がある日などは、どうしても外部のカメラマンさんに頼らざるを得ない。
しかしカメラマンはそれぞれ得意分野も違えば、技術レベルの差もある。
全ての現場で、限られた時間内に全員のドアップを撮り続けるのは、思った以上に難しい作業だった。
こうした経験を重ねるうちに、撮り方を少しずつ変えていった。
1人ずつのドアップから、数人をまとめたグループショットへ。
そして最終的に、3台のカメラそれぞれに「上手」「下手」「引き(全体)」という役割を固定する方式にたどり着いた。
子どもが画面に映る回数が増え、技術レベルの異なるカメラマンでも撮影の差が出にくくなった。
ただ、こう思う方もいるかもしれない。
「撮影・編集が単純すぎないか?」と。
「すごい撮影」と「見やすい映像」
「安全策」という自覚はあった。でも、この選択を後押しした経験がある。
以前、私は某有名48名アイドルグループのライブ撮影に1-2年ほど参加していた時期があった。
先輩カメラマンたちの技術は圧倒的で、ライブの流れを完全に把握し、誰がいつ出てくるか、歌のどの瞬間に決め画を作るか——すべてが計算されていた。
当時の私には「自分にはできない」と思えるカメラワークの連続だった。
ところがある日、現場統括からこう言われた。
「いつもの撮り方、辞めます。お客さんから”見づらい”という声が届きました。もっと安定して撮ってください」
あの技術が、「見づらい」——?
確かにカメラは振るし、フレームもぐいぐい動かすし、メンバーの顔が認識できないこともあった・・・
安定重視の撮り方に変わった後、「見やすくなった」という声が実際に上がったそうだ。
技術者が腕を鳴らした映像と、お客さんが「見やすい」と感じる映像。
同じとは限らない。
この経験については、いつか改めて書きたいと思う。
ただ、「安全策でも、お客さんが望む方向なら迷わず選ぶ」という判断の土台になったのは確かだ。
製品チェック中に気づいたこと
上手・下手・引きの3台体制が定着し、編集もその素材を使うようになった。当時の私の編集パターンはこうだった。
上手のカメラ → 下手のカメラ → 上手 → 下手 → ……
寄りの映像を交互につなぐ。面白味は少ないが、子どもが映る回数は大きく増えた。
引きの画はあくまで「補助」。場面の切れ目に挟む程度の使い方だった。
ある日、社内で完成したDVDの再生チェックをしていた時のことだ。
取引のある幼稚園に知人の子ども、美咲ちゃん(仮)が写っていた。
「美咲ちゃん頑張ってるな」と思っていた時、ふと気がついた。

自分が、美咲ちゃんをずっと目で追っている。
引きの画面。ステージ全体が映る、子どもたちが小さく見えるあのカット。
「補助」だと思っていたその画面の中で、私は無意識に美咲ちゃんの姿を探していた。
小さくても。アップじゃなくても。
「見ちゃうのは自分の子」

この気づきの少し前に、印象に残っている場面がある。
保護者会のお母さま方と謝恩会撮影の打合せの際、私の撮った映像の話をしながら笑い合っていた。
「やっぱり見ちゃうのは自分の子どもなのよね〜」
みんな仲が良い。お互いの子どものことも好きなんだろう。
でも映像を見る時、目が追うのは自分の子ども。
当たり前のことかもしれない。
でもこの何気ない一言と、実際に美咲ちゃんの姿を目で追っている自分に気づいた時、1つの考えが浮かんだ。たとえ引きの画で小さくても、単純に映っている時間が長い方が、保護者は嬉しいんじゃないか。
引きを挟むと、映り時間が変わる
そこで、編集のカット割りを変えてみた。
従来のパターンは「上手 → 下手 → 上手 → 下手 → ……」。寄りカメラの交互切り替え。この場合、ある子どもが上手側にいれば、上手カメラのカットでだけ映る。映り時間はおおよそ全体の50%。
新しいパターンは「引き → 上手 → 下手 → 引き → 上手 → 下手 → ……」。引きのカットを定期的に挟む。引きではステージ全体が映るから、どの子も画面の中にいる。小さいけれど、確実に映っている。
結果として、ある子どもが画面に「写っている」時間はざっくり2/3で66%になる。
50%から66%へ。16%の差。
もちろん、すべての演目で機械的に「引き→上手→下手」と繰り返すわけではない。場面の流れに応じて判断は変える。
私の中で「引きの画はつまらない」から「保護者さまの満足度を向上させる重要な画」に昇格した。
数字の話をしておくと
ドアップで1人ずつ追っていた頃、6人がステージに立つ演目で映る時間は全体の1/6——約16%だった。1度画面に映っても、次に映るまでに5カット分、別の子の映像が続く。
その間きっと保護者はこう思っている。
「うちの子が見たい」。
それが引きを挟む編集に変えたことで、約66%になった。16%から66%へ——同じ素材、同じカメラ台数でも、編集の考え方1つでここまで変わる。
もちろん常に6人ではないし、これは発表会に限った話だから、すべてにこの数字が当てはまるわけではない。
ただ、撮り方や編集を変えていく過程で、DVDの購入率は年々上がっていった。
運動会で35%台から70%台へ。
発表会で50%台から90%台へ。
こうした編集の工夫が、その一因になったように思う。
もちろん購入率が上がった要因は他にもたくさんある。
どれが何%分の効果だったかを示すのは不可能である。
分かっているのは、「保護者が望むものは何か」を考え続けた方向性が、間違っていなかったということだ。今回書いたカット割りの考え方は、そのうちの1つに過ぎない。
この記事を読んでくださっている方は、プロとして撮影に携わられている方だと思う。
それぞれに様々な現場を経験され、様々なことを感じ、様々な工夫をされていることだろう。
お客様に喜んでもらいたいという思いで、現場で工夫を重ねている方ばかりではないだろうか。
私も全く同じ思いで、日々カメラを持っている。
「保護者が望むものは何か」——その問いを持ち続ける限り、きっとまだ見つかっていない工夫がある。
お互いに。

